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雨の郡上八幡城

雲海に浮かぶ姿が「天空の城」として有名な岐阜県郡上市の郡上八幡城(積翠城)
初めて訪れましたが、この日はあいにくの雨(岐阜市内では朝晴れていたんですけどね)
雨の郡上八幡城01 雨の郡上八幡城02
観光、路線バスの拠点である城下町プラザから山の手に歩きそこから徒歩12~15分
雨の郡上八幡城012
すこし急な坂道を登っていくとそびえる白壁の城郭。石垣等が岐阜県指定史跡
雨の郡上八幡城03 雨の郡上八幡城04
戦国時代に築城され、数々の城主が入れ替わったお城で、なかでも城主遠藤氏の遠藤盛数の娘とし山内一豊の妻、千代(見性院 )が出自したといわれています
雨の郡上八幡城013
あくまで有力な説だそうですが内助の功として大河ドラマなどにも登場しただけあってお城内部の史料や城下町の宣伝など、全面的に”推し”ています
雨の郡上八幡城05 雨の郡上八幡城06
建物自体は山城であり、それほど大きい印象はなく内部も歴代城主の貴重な資料の展示
雨の郡上八幡城011
ただ昭和8年に再建された模擬天守は日本最古の木造再建築城のため非常に趣があります
雨の郡上八幡城007 雨の郡上八幡城008
天守からは四方の山々に囲まれ魚の形をしているといわれる郡上の街を見渡せます
雨の郡上八幡城014
『天気が晴れていれば』というのは言いっこなしで。なお敷地内には明治維新の際、戊辰戦争に郡上藩から凌霜隊と呼ばれる藩士などを派遣したことを顕彰する石碑も建てれています
雨の郡上八幡城009 雨の郡上八幡城010
実際、雲海に浮かぶ姿は気象条件が重なって周辺の山々から見物しないと体感でいないものですが山々に囲まれた歴史ある城跡は一見の価値があると感じました

郡上八幡観光協会
http://www.gujohachiman.com/kanko/

天空の城・竹田城跡

今年の関西方面旅行の目的のひとつ、天空の城、日本のマチュピチュなどと形容される
兵庫県朝来市の国史跡「竹田城跡」。何かと話題なので一度見てみようと足を運んでみました
天空の城竹田城跡06 天空の城竹田城跡12
姫路駅から各駅停車でおよそ1時間半(特急や観光シーズンには観光快速もでてますが)、
JR播但線・竹田駅に到着し、そのあとバスで20~30分、直接城跡には行くことはできず
一番近いバス停留所、駐車場からさらに坂道を15~20分を歩かなければなりません
天空の城竹田城跡01
途中、風光明媚な場所もありましたが、山頂に白い石垣が見えてきました
天空の城竹田城跡14 天空の城竹田城跡15
城跡敷地内は有料。ところどころにスタッフの人がおり説明などを聞くことができます
天空の城竹田城跡02
結構有名なので知っている人は知っているとは思いますが、もらったパンフレットによれば
別名「虎臥(とらふす)城」、南北400メートル、東西100メートルの規模を誇り、
嘉吉元年(1441)に山名氏と赤松氏の対立の際に山名持豊が築城したといわれています
天空の城竹田城跡07 天空の城竹田城跡08
その後、羽柴秀吉の但馬攻めのおり秀吉が城代となり、織豊方の拠点城郭となったそうです
ただ関ヶ原の合戦のあとは廃城となっていたそうです。今から考えれば400年以上も前です
天空の城竹田城跡03
ニュースで知っている人もいるとは思いますが事故があったため一部入ることはできませんが
ツアー客や公共機関や自家用車などで多くの観光客であふれています、常時数十人単位かな
天空の城竹田城跡13 天空の城竹田城跡11
現在は石垣だけがのこり天守閣も建物すらない場所ですが、かつては
ここに巨大な城郭が建っていたかと思うと、先人たちの労力には舌をまきます
天空の城竹田城跡04
なお発掘の結果ここからは食器など生活用品をが見つかっていないそうで、この場所に
居住していたとは考えにくく、城の人たちは普段は山の下にすみ、いざというとき?
有事の際に山城に登ったと考えられています。今でも山道は40~50分かかるそうですし
天空の城竹田城跡05
ちなみに天空の城といわれるゆえん、雲海にうかぶ姿は言わずもがなこの場所、
城跡からみることはできず、まわりの山々からでしか見ることができないそうです
天空の城竹田城跡09 天空の城竹田城跡10
秋の時期、この日も麓では朝方深い霧に包まれていたそうなので撮影をしていた人たちが
いたのでしょう(でもそれでも運が良ければだそうです)。もちろん、ここから見えた風景だけでも
十分素晴らしい景色でした。大切に残し後世に伝えてほしい史跡です

竹田城跡の概要案内 - 朝来
http://www.city.asago.hyogo.jp/0000001275.html

石神井城跡と野良ネコ

この日はじめて訪れた石神井公園。近隣の方なら珍しくもない場所ですが
個人的に「初」だったので物珍しげにキョロキョロと散策していました
そんな園内を歩いていると木森の生い茂った場所に「石神井城」の石碑を発見
石神井城址跡とネコ01 石神井城址跡とネコ02
東京都内にも城址跡なんてのがあるのか・・と興味深げに看板をたどるように歩いてみると・・
石神井城址跡とネコ07
アレ?森?どうみても雑木林が柵で囲われているだけの場所です。
天守閣やお城の建物は期待はしていませんでしたが、石垣のようなものが
残っているかと思いきや、想像していたようなほどの城跡とは言い難いものでした
石神井城址跡とネコ03 石神井城址跡とネコ04
近くの「東京都指定史跡」の立札によるとかつて平安時代末期から室町時代中期まで
勢力をもっていた豊島氏の居城が、石神井川、三宝寺池に挟まれる東西南北約350mの
場所に建てられていたそうです。いまはそんな居城を姿を想像するよすがもありません

そんな多くの木々が生い茂る石神井公園を歩いてみかけた野良猫
石神井城址跡とネコ05 石神井城址跡とネコ06
自然のなかといえば自然のなかですが、こんな場所でみかけるネコってのもなんだか妙です
石神井城址跡とネコ08
すぐ逃げていくかと思ったら案外こちらを見つめています。
とても広い公園ですべてを見ることはできませんでしたし
季節によっても違う光景が見ることができそうなので
都内ですし、また訪れたいとおもいました

石神井公園公園へ行こう! - 東京都公園協会
http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index006.html

十三湖北岸の福島城跡

ゴールデンウィークに訪れた青森県五所川原市、十三湖(じゅうさんこ)、
その北岸を散策すると「福島城跡」という看板を見かけ足を運んでみることに

国道から看板をたどり、道路と呼ぶほど整備されていない道を歩くこと数分、
なにやら古めかしい木造の城門。「福島城址」とかかれているので、再現したものなのでしょう・・
福島城跡01
通常、城跡城址といえばそこには復元したお城があるものですが門をくぐるとそこには・・・
福島城跡07 福島城跡06
なにもない原っぱ???
福島城跡02
周囲を見渡すと古ぼけた「福島城」と書かれているとおぼしき看板がたっています
福島城跡04
この日、4月下旬でしたがまだ咲いていないサクラの花、城跡に行く途中の道の途中には満開のレンギョウの花。
福島城跡05 福島城跡08
かつてこのあたりに城、内郭があった痕跡があるそうですが、いわゆる観光地化した城跡とは異なり、
広がる草原にただただ時間の流れというもの感じてしまいます。

さらに十三湖周辺の道路を行くと、畑の真ん中にぽつんと建つ看板を発見。
福島城跡10 福島城跡09
こちらにも「福島城跡」が記載されています。この看板の地図を見る限りその大きさが広大なものであったと思われます
福島城跡03
ここからさらに行くと、お堀跡。一見すると自然にできたものにも思えなくありません
福島城跡11 福島城跡12
青森県津軽半島、冬ともなれば雪深いでしょうし厳しい自然のなかで
(看板の情報では)千年以上も昔に繁栄したいわれる遺跡と伝承のみが残っている「福島城」とよばれる城。
資料が残っていたり、ネットが発達した現代の情報社会であってもこういう場所があるとは・・
それを伝える住人、資料がなければほとんどの存在になってしまうのでしょう