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水戸城のあと

茨城県水戸市水戸藩の藩校・弘道館跡を見学したあと「水戸城」跡の看板を発見
水戸城の跡地01
そういえば御三家と言われた水戸藩の御膝元である水戸ですが「水戸城」って
正直、印象がありません。弘道館・至善堂の正面入り口からほど近くにある大手橋。
現在は舗装されて車が行きかい、江戸時代の頃の面影を感じさせる光景とは言い難いです
水戸城の跡地03 水戸城の跡地04
一本道を進んだのですが看板らしいものはなくなり、あたりには歴史的な史跡や樹木などがぽつぽつ
残っている程度でいわゆる城址という雰囲気もなく、真新しい学校など建物が目立ちます
水戸城の跡地06 水戸城の跡地05
弘道館から徒歩数分歩いていくと自然の地形と人為的に整備された”お堀”らしい場所に到着
水戸城の跡地02
陸橋を渡り切った先が水戸城跡なのですが、現在は高校の敷地内。史跡見物での立ち寄ることは
大丈夫らしいのですが、学生たちが行きかう中ではなんだか落ち着きません。とりあえず大きな
門扉だけ撮影して退散。歴史に詳しい方なら経緯を知っているのでしょうけど、少し意外でした

水戸観光協会
http://www.mitokoumon.com/

偕楽園好文亭からの眺望

茨城県水戸市、「萩まつり」開催中の偕楽園。敷地内に建つ「好文亭」(こうぶんてい)を見学
偕楽園好文亭からの眺望09 偕楽園好文亭からの眺望08 
写真右側は偕楽園の正門にあたる好文亭表門。カメラの具合で光ってしまいましたが
実際は松の材木を多く使って松煙色(黒色)の黒の印象的な門扉になっています
偕楽園好文亭からの眺望04
何度も偕楽園には行っているのですが、いつも梅の時期で大変観光客の多いときなので
好文亭の見学は避けていたのですが、今回はまだそれほど人もいない時間だったので
偕楽園好文亭からの眺望02
好文亭は水戸藩の第9代藩主・徳川斉昭公が自ら設計した木造2層3階建ての建物
偕楽園好文亭からの眺望06 偕楽園好文亭からの眺望12
一階には四季折々の花々、植物の襖絵が描かれた部屋が残されています
偕楽園好文亭からの眺望05
今は電気の光で人工的な照明ですが当時はロウソクなどでさらに幻想的だったのでしょう
偕楽園好文亭からの眺望13 偕楽園好文亭からの眺望07
建物、2階に上がると偕楽園園内およびから千波湖周辺を一望
偕楽園好文亭からの眺望10 偕楽園好文亭からの眺望11
まだ紅葉には早く、木々の色も色鮮やかですが夏の時期のように暑くもなく
冬のように寒くもないちょうどよい陽気、とても気持ちの良い初秋のいぶきを感じる眺望でした
偕楽園好文亭からの眺望01
昔の人たちもこの眺めを見ながら和歌や詩歌を楽しんだのでしょうかね
偕楽園好文亭からの眺望03
先述のように、ウメの花が見ごろの時期は好文亭も混みあってしまいますがハギの花が
見ごろでかつ過ごしやすい秋の初めぐらいにゆっくりみることできてとても楽しめました

偕楽園
http://www.koen.pref.ibaraki.jp/park/kairakuen01.html

ひたちなかの反射炉跡

9月の三連休に訪れた茨城県ひたちなか市、那珂湊駅にあった地図をたよりに
町内を散策すると気になる場所があったので足を運んでみることに
反射炉跡05 反射炉跡06
左の写真も県指定の史跡「山上門」、水戸藩小石川邸の門扉をひたちなか市に移したものだそうです。
この門をくぐると遠くからでも見えてくるのが巨大な建造物「反射炉跡」。
反射炉跡02
近くによるとこれほど大きいのかと目をみはるほどの高さをがあります
反射炉跡03 反射炉跡07
看板にもかかれていますが反射炉とは高熱で鉄をとかす熔鉄路だそうです。
反射炉跡01
現在のものは昭和の時代になってから復元されたものだそうですがかなり立派です。
敷地内には同じく復元模型ですがレンガ焼成窯があります
反射炉跡08 反射炉跡04
そもそもこれらの施設は知っている方は知っているのでしょうが、
幕末、那珂湊近海に頻繁に出没していた異国船に危機を感じた水戸藩徳川斉昭公が
国防のため、各地の砲台(台場)や幕府に献納するためにこの場所で鉄の大砲などを作っていたそうです
偶然みつけた施設で他意はありませんが、時期が時期だっただけに
江戸からだいぶはなれた茨城県のかの地にこういう施設があるとは驚きました

ひたちなか市観光協会
http://www.hitachinaka-sa.com/