fc2ブログ

三鉄唐丹駅あの日の記憶

東日本大震災がおきた3月11日、当日大きな被害をうけた三陸鉄道、その路線の唐丹駅(とうにえき)。撮影したのは2020年1月
三鉄唐丹駅の記憶01
なにげなく行き違いの列車を待っているとホームの柱に小さな張り紙を確認
三鉄唐丹駅の記憶02
いまでは遠くにしか見えない海岸線ですが、あの日内陸の高台に建つこの駅まで津波が押し寄せていたのです
三鉄唐丹駅の記憶03
新しくできた堤防など、9年という月日で復興の名のもと様変わりした駅周辺ですがあの日に起きた出来事、そのあとに続く苦境を決して忘れてはならないと思います

震災被害の熊本城

今年の夏休みの旅行に選んだ熊本県、もちろん天下の名城「熊本城」を見物するのが
目的のひとつ。その計画は4月の熊本地震によってかなわぬことになってしまいました

それでも熊本の現状を知ろうと思い旅行は計画通り出発、熊本に宿泊し市内を散策し
最後に訪れたのが熊本城。実は宿泊したホテルから近い距離だったのですけど遠回り
震災被害の熊本城01
入口には築城した加藤清正公の銅像が凛々しく鎮座しています。この奥が城址公園
震災被害の熊本城09 震災被害の熊本城08
本来ならば園内に入ればお城が見えますが、フェンスに区切られ立ち入り禁止。「これ
以上は入れないのだな」と理解してせめて別の場所から城が見えないかと思い移動
 震災被害の熊本城10 震災被害の熊本城07
ちなみに状況をしらない、特に海外からの観光客にも年配のスタッフの方が英語で応対
お堀をあるいていると「熊本城」の文字のある石碑の後ろの石垣が8月の時点でも生々しく崩壊
震災被害の熊本城02
堀越しに天守閣のようなものが見えたのでとりあえず撮影(じつはこれ天守閣にあらず)
震災被害の熊本城11 震災被害の熊本城12
歩いているとスタッフに案内をしてもらっている観光客の方々がおり、その人たちの会話に
よれば「現在天守閣をみることができるのは、近くの飲食店の展望席」からだけとか

小耳にはさんだ情報をたよりに飲食店にいってみると普段は宴会などを行う大広間を
お店のご厚意で無料で開放してくれていました。本来ならばここで熊本の郷土料理に
舌鼓をうちながら熊本城の眺望をみることができるのですが、いまでは物悲しい風景
震災被害の熊本城03
ちなみにお店の方が奥にいたのですけど、自分一人だけという贅沢でしたけど
震災被害の熊本城14 震災被害の熊本城13
ネットやテレビなどでも紹介された清正公時代のは床部分が遠くからでもわかるほど
崩れ落ちてしまい、周囲には似つかわしくない重々しいアームがとりつけられています
震災被害の熊本城04
さきほどお堀からみえていたのはこの建物だったようです。つまり外濠からは見えないのか
天守閣に目をうつせば、無残にも瓦は剥がれ落ちてしまい屋根が丸裸な状態
震災被害の熊本城05
毎日お城を眺めていた熊本市民ではなくても、初めて見たにもかかわらず度重なる地震
よって変貌してしまった城の姿にカメラで撮影しながら自然と涙ぐんでしまいました
震災被害の熊本城06
あまりの震災の被害に愕然としながらも、重機が入り復旧工事が進む姿に復興には
何年かかるかはワカリマセンが絶対また訪れたてちゃんとお城を見たいと思いました

熊本城公式ホームページ
http://wakuwaku-kumamoto.com/castle/

城見
http://www.shiromiyagura.com/

鎮魂の碑

2011年3月11日「東日本大震災」で千葉県津波被害のあった旭市飯岡地区
鎮魂の碑04 鎮魂の碑03
現在は旭市といいますがかつては飯岡町と呼ばれていました。自分は生まれが
もともとの旭市出身なので隣町である飯岡にはよく子供のころ立ち寄った記憶があります
鎮魂の碑02
津波のあった浜辺には鎮魂の祈りを込めた石碑がたち、夏には海水浴場も開かれたり
徐々に町並みも戻っています(ちかくの飯岡の灯台から眺めた風景からも読み取れます)
鎮魂の碑01 鎮魂の碑05
4年がたち津波直後から比べると被災したのがウソのように復旧していく風景もあればいまだに
崩れたブロックまま放置されたままの光景があると忘れてはいけないと心に思います

三年経った気仙沼の街

2014年5月の連休、毎年GWは東日本大震災以前から東北地方を訪れているのですが、
震災から三年がたち被害の大きかった気仙沼にやっと足を運びました。この日、先の記事でも
紹介したように岩手県大船渡からバス移動(BRT)でJRの気仙沼駅に到着
3年経った気仙沼の街01
市内にはまだまだ生々しく津波が打ち付けた建物や家屋が流された跡地などが残っています
3年経った気仙沼の街13 3年経った気仙沼の街15
そんな絶望的な光景を見ていると近くで大きな太鼓の音が聞こえてきました

近くの復興商店街と名前の付いた建物で休みの日ということもありイベントが行われていました
3年経った気仙沼の街03
威勢の良い大きく声を張り上げる体育会系の学生さんの掛け声とともに地元の方々の
演奏などはみているこちらも元気が湧いてきます(学生さん、着ている服のように顔真っ赤
3年経った気仙沼の街06 3年経った気仙沼の街07
ちなみにトップ写真からチラチラ写っているキャラクター、「ホヤぼーや」というそうです

さらに港の方にいくと飲食店が立ち並ぶ「復興屋台村」がありました
3年経った気仙沼の街09 3年経った気仙沼の街08
昼時ということもあり、多くの観光客であふれかえっており、長蛇の列ができているお店も
あまりの混雑で詳しくは人が多くて撮影控えるほど、ちなみに自分もこちらの一軒で昼食を
3年経った気仙沼の街02
復興屋台村のすぐちかくには少ししゃれた雰囲気の建物。こちらにも人が並んでいたので
人気の飲食店かな?と思ったらは俳優の渡辺謙さんの「Kポート」という芝居小屋だそうです
3年経った気仙沼の街12 3年経った気仙沼の街14
多くの建物が倒壊、破損している中、古い土蔵を発見(右)。登録文化財「小野健商店土蔵」
以前はもっとちゃんとした蔵だったようですが、津波にでこのような姿に。
3年経った気仙沼の街04
すぐとなりのお店も歴史がある建物のようですが、土蔵にしても木造の建物にしても
海から多少離れているとはいえ、津波被害に耐え抜いたというのには驚かされます
3年経った気仙沼の街10 3年経った気仙沼の街11
電車の関係上あまり長くは滞在できませんで、気仙沼駅に戻ることに数時間に
一本の路線なので駅につくと長い行列ができていました。電車内もほぼ満席でしたし
3年経った気仙沼の街05
連休中ということもあり、多くの観光客、見物客が集まっていた気仙沼、
一日も早い復興を願います

気仙沼観光コンベンション協会
http://www.kesennuma-kanko.jp/

釜石の釜石大観音

今年のゴールデンウィークに訪れた岩手県釜石市の観光名所「釜石大観音
釜石大観音001 釜石大観音002
釜石駅からバスで10分程度、徒歩でも行けなくもありませんがさすがにちょっと大変かな?
大半の方は自家用車で来ており、最寄りバス停を降りると、はるか遠くに白い巨像が見えます
釜石大観音013
史料によれば、1970年に石応禅寺により釜石市、鎌崎半島に建立された観音像。
釜石大観音005 釜石大観音006
入山拝観料を払い、観音様のたつ半島の先端までは石段や急なエレベーターで移動
釜石大観音003 釜石大観音004
途中、釜石港付近の海もみえます。徐々に近づいてくる巨大な白亜の像。
釜石大観音014
見上げる高さは48.5メートル。鉄筋コンクリート製の魚を抱いた魚籃観音
釜石大観音007 釜石大観音008
午後、時間的に逆光になってしまいせっかくの白い観音像が暗くてスミマセン
釜石大観音015
参道はポツリポツリと参拝客がいるくらいでしたが、観音像周辺は
展望台にもなって売店もあるため、すこし多くの人が見物、参拝をしていました
釜石大観音016
内部にも入ることができ、内部には「七福神胎内めぐり」として七福神が支柱に奉られ
(らせん階段で混雑しているので撮影はできませんでしたが)、「三十三観音」も納められています
釜石大観音011 釜石大観音012
腕のあたりから外にでることができ、その高さは海抜120メートル。
釜石大観音017
観音像の腕と人の大きさを比べるとその大きさがわかると思います
釜石大観音009 釜石大観音010
魚籃展望台から見渡せる大海原。いまは穏やかですが、2011年3月11日の東日本大震災のときは
釜石にも津波があり観音像に向かう途中の釜石港にも多くの被害が見られました
釜石大観音018
海難事故や津波犠牲者の慰霊と供養のために観音像が静かに海を見つめている光景は印象的でした

釜石観光物産協会
http://www16.plala.or.jp/kamaishi-kankou/